ヴォイス

ショートショートの作家、星新一の作品に「神」というお話しがある。
あらすじは、人類が万能のコンピューターを作り出し、全てのことを質問し回答を得ることに頼りきるようになった世界。
その内に人間は判断だけでなく生きる意味をもコンピューターに依存するようになり、コンピューターを崇拝する信者まで現れるちょっと皮肉なお話しです。

先日、世間はプロ野球の某監督の逮捕と翌日の監督辞任という電撃的なニュースが流れましたが、家庭内の突発的な衝突がこれ程迄に大きな事件になる様は星新一のこのお話しにもダブって見えた。

そしてこのニュースを目にした時、自分の頭の中で最近話題の「生成AI」と、あるフルートの現代音楽の作品が頭の中で結びついていました。

今年亡くなられて30年経つ
武満徹さんの  フルート奏者のため「ヴォイス」

1971年にオーレル・ニコレのために書かれたこの作品は武満さんが後年作風がメロディックになる直前の作品です。
この作品を書く前、1960年代後半に武満さんは「エクリプス」や「ノーベンバー ステップス」といった琵琶、尺八のための作品を書きます。

西洋のクラシカルな音楽は長い歴史をかけノイズを極力排し、ピュアな音程を理想として進化してきました。
一方で尺八のムラ息や、琵琶のサワリといった独特なノイズに武満さんは自然界の中に存在するような音を聴き、それを追求していきました。

「ヴォイス」は金属の西洋のモダンフルートを用いつつも、尺八のようなノイズをフルートで持ち込むことを試みた作品です。
曲はマルチフォニックと呼ばれる重音や弦楽器のピチカートのような発音、ムラ息のような音の立ち上げ、息入れずフルートのキーを叩くキークリック、虚ろで焦点の合わない息を流すことで得られるホロートーン、そして半音より更に狭い微分音など特殊な奏法で譜面は埋められています。

そして何よりこの曲で特徴的なのは演奏者がフルートを吹きつつ声を発するところ。

冒頭からいきなりフォルテで叫びます。
Qui va  la?(そこにいるのは誰?)

曲中には、
qui qui tu sois(あなたがだれであろうと話して)とシュールな一節。

冒頭はフランス語ですが、曲の終わり近く今度は英語で

who goes there?
と囁きます。

これを特殊な運指を用いながらその合間合間に言葉を発して演奏するので、かなり難曲。(ちなみにこの曲の楽譜は物凄く大きいので持ち運びにも不便……)

これらの言葉は武満さんの精神的な師であり美術評論家、シュルレアリスムな詩人の瀧口修造がスペインの画家ミロと合作した詩画集「手造りことわざ」から引用されていて、非常に謎めいた言葉をフルートを吹きながら発する人間の「生の声」を求められる作品です。

この作品を演奏する度に悪戦苦闘しつつも、いつも「人間がもつコントロールの効かない感情の衝動」や「人間的な割り切れなさ」を感じます。

先日の監督の事件、ニュースを見ているとその背景にCHAT GPTに長女が相談していたそうですが、ここがすごく現代的だなと思いました。
何故、生身の人間ではなくAIに相談したのか?

その生成Alは本当に不完全だと思います。
その不完全さとは人間とは全く逆。
AIの不完全さとは「完璧すぎるところ」から出ないところ。
どれだけ悩みを相談しても、AIは共感することを崩さず、けして向こうからは怒らず、相談者を傷つけず、その時の100点の回答を正確に速く返してくれる。
でも実際の人間同士暮らす社会はそんな綺麗事で動いていません。
諍い、喜怒哀楽の表出、理性と感性の間で動く人間の脆さ、それはAIの嫌う生々しいノイズだと思います。

人間の発する「声」はAIの導く100点の回答を吹き飛ばすようなエネルギーを持っているはず。
武満さんが「ヴォイス」でフルート奏者に求めた叫び、囁き、フルートの音色の虚ろさ、掠れたような音色はこの人間的な「割り切れなさ」の極致です。

もし仮にAIにこの「ヴォイス」の作品の概念を学習させてサンプリングさせたとしたら、見事な音程にも狂いのない叫び声を合成するのでしょう。
しかしそれはAIがシステムの内側で自己完結しているに過ぎず、聴く人の心を動かす「表現」にはならない。
演奏者が悪戦苦闘、冷や汗をかきながら今にも破綻?しそうな声で「Qui va la?」と叫ぶのを、そしてそれを聴いている人の心に何だかの感情を持たせるのは、そのシステムからはみ出す人間の意志をそこに見るからだと思います。

皆さんはこの完璧な正論が導いた今回の件、どう思いましたか?

AIは使い方によってはすごく便利な機能。でもデジタルが進化してもAIのように美しく整った音でだけはなく、体温のある「声」と「音」を追求するために、今日もケースを開けてフルートを吹こう!

因みにこの文章、AIが書いたかもしれないと言ったら………?!(苦笑)

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