五月の風と、街角のピアノ

ゴールデンウィークが過ぎ、新緑の鮮やかさが一段と増す季節となりました。皆様、いかがお過ごしでしょうか。発表会や新しいレッスンの準備に追われる日々の中で、私自身も少し息抜きを兼ねて、毎年恒例となっている音楽イベントへと足を運んでまいりました。今回は、その中で得た少し風変わりで、それでいて私自身の演奏観に小さな変化をもたらしてくれた体験について、静かに振り返ってみたいと思います。

クラシック音楽が街に溢れる数日間

毎年、ゴールデンウィークの時期になると、東京の丸の内周辺は独特の活気に包まれます。フランスの発祥から始まり、すでに日本でも二十年近くにわたって親しまれている音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」。ヨーロッパの伝統的な音楽祭の雰囲気をそのまま日本に持ち込んだようなこのイベントは、一流の演奏家によるコンサートを気軽に、かつ驚くほど手頃な価格で梯子できるのが魅力です。敷居が高いと思われがちなクラシック音楽を、文字通り「お祭り」として誰もが楽しめる空間に変える試みは、同じ音楽に携わる者として毎年とても刺激になります。

私は毎年、いくつかのプログラムを予約して足を運んでいるのですが、この音楽祭のもう一つの楽しみは、ホールの中だけにとどまりません。期間中、会場周辺の至る所に「ストリートピアノ(フリーピアノ)」が設置され、街全体が音楽の遊び場のようになるのです。特に東京国際フォーラムのロビーなどに置かれるグランドピアノは人気が高く、腕に覚えのある愛好家から小さなお子様まで、自分の順番を待つ人々で常に長蛇の列ができています。他の方々の息の合った演奏や、楽しそうに鍵盤に向かう姿を眺めているだけでも、十分に心が満たされる時間です。

丸の内中通りで見かけた不思議なピアノ

いくつかの演奏会を聴き終え、少し頭を休めようと丸の内中通りの美しい並木道を歩いていた時のことです。ビル風が心地よく吹き抜ける通りの向こうから、ふとピアノの音が聴こえてきました。ホールの密閉された空間で響く音とは明らかに違う、どこか軽やかで、周囲の雑音に優しく溶け込むような音色でした。

音のする方へ歩を進めてみると、歩道の一角に一台のアップライトピアノが置かれていました。しかし、それは私たちが普段見慣れている黒塗りの艶やかな木製ピアノでも、一般的な家庭用アップライトピアノでもありませんでした。外装の大部分が、まるで近代建築の一部であるかのように、鈍い光を放つ鉄(メタル)で作られていたのです。木材特有の温かみとは異なる、どこか無骨でスタイリッシュな佇まいは、丸の内という近代的なオフィス街の景観に驚くほど自然に調和していました。

珍しい楽器に興味を惹かれ、しばらくその構造や音の響きを観察していると、時計の針はすでに夕方の18時を回ろうとしていました。周囲のビルに沈む夕日が、鉄製のボディに長い影を落としています。ストリートピアノを管理している係の方が、ポスターを片付けながら私に声をかけてくれました。「音出しができるのは18時までなので、あと数分ですが、もしよろしければ一曲いかがですか?」と。その時の私は、自分が弾くことなど全く想定しておらず、楽譜はもちろん、心の準備も何一つできていませんでした。しかし、係の方の穏やかな笑顔に促されるようにして、吸い寄せられるように鍵盤の前に腰を下ろしてしまったのです。

指の間を抜けていった五月の風

何を弾こうかと一瞬迷いましたが、反射的に指が動いたのは、やはり身体に染み付いているクラシックの小品でした。鍵盤に触れた瞬間、いつもレッスン室で感じている「床から伝わる振動」や「壁に反射する音の圧力」が全くないことに気づきます。音がそのまま、天井のない広い空へとまっすぐに吸い込まれていくような、不思議な解放感がありました。

演奏を始めて間もなくのことです。ビルとビルの隙間から、そよ風というには少し強い、しっかりとした五月の風がびゅーっと私の手元を吹き抜けていきました。その瞬間、これまでの人生で一度も味わったことのない感覚に襲われました。物理的に、自分の指と指の間を風が通り抜けていくのがはっきりと分かったのです。

私たちは普段、完全に空調がコントロールされた室内、あるいは反響板に囲まれたステージの上でしかピアノを弾きません。風で楽譜が飛ぶことを恐れることはあっても、演奏中に自分の手が風に晒されることなど、まずあり得ない環境にいます。しかしその時は、風が私の指を掠め、まるで鍵盤の上を走るタッチに並走してくれるかのような感覚を覚えました。音楽を後ろからそっと押し出してくれるような、あるいは自然そのものが一緒に演奏に参加しているような、実に不思議で心地よい体験でした。劇的な感動というよりは、じわじわと身体の奥に染み渡るような、静かな充足感に近いものでした。

表現の幅を広げてくれた、自然の中の演奏

時間にしてほんの二、三分、わずか一曲に満たない短い時間でしたが、鍵盤から手を離した時、私の心の中には確かな変化が残っていました。これまで「ピアノは室内で弾くもの、静謐な空間で響きをコントロールするもの」という固定観念が、自分でも気づかないうちに強固なものになっていたのだと思います。もちろん、クラシック音楽の繊細なダイナミクスや音色の変化を追求するためには、音響の整った室内環境が不可欠です。しかし、外の世界で、移り変わる光や通り抜ける風、街のざわめきと共に奏でる音楽にも、それとは全く異なるベクトルの豊かさがあることを知りました。

この特別な体験を経て、日々のレッスンや自分自身の練習に向き合う際、イメージの引き出しが少しだけ増えたような気がしています。例えば、楽譜に描かれた「ドルチェ(優しく)」や「レジェーロ(軽やかに)」という指示を見たとき、これまではホールの響きを基準に考えていたものが、あの丸の内の街角で指の間を吹き抜けていった「生の風の質感」を伴って思い出されるようになったのです。自然のエネルギーを音楽の味方に付けるという感覚は、室内だけの演奏では到底得られなかった貴重な収穫です。

音楽は、決められた部屋の中だけで完結するものではありません。もし皆様も、日々の生活のどこかで外のピアノ(ストリートピアノ)に遭遇することがありましたら、上手下手などは一切気にせず、ぜひ一度鍵盤に触れてみてください。いつもとは違う風の音や空気の匂いが、皆様の眠っていた表現力を新しく引き出してくれるかもしれません。それでは、今回はこの辺で。皆様も心地よい初夏の音楽ライフをお楽しみください。

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