謎解き!ピアノの正体とは? 〜88鍵に隠された音楽の歴史〜

本日は細田先生よりいただいたブログをアップいたします✨


ピアノには白と黒の鍵盤がずらりと並んでいます。鍵盤は全部で88個。皆さんは、こんな疑問を抱いたことはありませんか?なぜ鍵盤は88個なのか?なぜ白と黒なのか?

一つ一つの「なぜ?」を考えてみると、そこには、音の科学、人間の聴覚、楽器を作る技術、産業の発展、音楽文化の変化が関係しています。そして「なぜ人間は音楽を必要とするのか」という大きな命題に辿り着きます。ピアノの鍵盤を入口に、人間と音楽の関わりについて探ってみましょう。

なぜ鍵盤は88個なのか?

まずは、一番素朴な謎解きから始めましょう。なぜピアノには88個の鍵盤があるのでしょうか?現在、一般的な88鍵のピアノは、最も低い音がラ(A0)、最も高い音がド(C8)です。A0の周波数は約27.5Hz、C8は約4186Hzです。Hz(ヘルツ)とは、1秒間に何回振動するかを表す単位、周波数が高いほど高い音として聞こえます。一般的な人間の可聴域は、およそ20Hzから20,000Hzまでとされています。これはあくまでも目安で、実際に聞こえる範囲には個人差があり、高い音は年齢とともに聞こえにくくなる傾向があります。

ピアノの一番低い音は、人間の可聴域の限界に近いことが分かりますが、高い音はもっと高くまで作れるような気がします。実は、ピアノの鍵盤は最初から88鍵だったわけではありません。初期のピアノは、現在よりも鍵盤数が少ない楽器でした。作曲家がより広い音域を求めるにつれて、ピアノの音域も少しずつ広がっていきました。しかし、音域を広げることはそう簡単ではありません。低い音を出すには、長く太い弦が必要となります。また、弦には大きな張力がかかるため、楽器全体がその力に耐えられる構造でなければなりません。高い音を加えるにしても、弦やハンマー、響板など、楽器全体の設計を考える必要がありました。つまり、作曲家が求める音域、人間の聴覚、弦や木材の性質、職人の技術、製造技術、社会の需要など、さまざまな要素が長い時間をかけて組み合わさった結果、現在の88鍵が一般的な標準仕様として定着していったのです。では、そもそも私たちが聞いている「音」とは何なのでしょうか。

人間には聞こえない音もある?

音は、物体の振動が空気などを通して波として伝わり、耳に届くことで私たちに聞こえます。しかし、私たちに聞こえている音が全てではありません。犬や猫は、人間よりも高い周波数の音を聞くことができます。一方、ゾウは人間よりも低い周波数の音を利用することが知られています。つまり、同じ場所にいても、人間と動物では「聞こえている音の世界」が違う可能性があるのです。私たちには静かに思える場所でも、犬や猫にとっては、まったく違った音の世界が広がっているのかもしれません。ピアノの音は、犬や猫にはどのように聞こえているのか気になりますね。

一つの音の中にも、たくさんの音がある?

例えば、ピアノで「ド」を一つ鳴らしてみたとします。私たちは「ド」という一つの音を認識すると思います。しかし物理的に考えると、ピアノの弦は単純な振動だけをしているわけではありません。基本となる振動に加えて、その整数倍に近い複数の振動成分が生じます。これらは倍音と呼ばれます。そして、どの成分がどのくらい含まれているのか、さらに音がどのように立ち上がり、どのように減衰していくのかによって、私たちが感じる音色は変化します。つまり、ピアノは単に88個の異なる音高を出す楽器ではなく、1つの音の中にも、たくさんの「音色」の世界があるのです。

倍音の仕組みは楽器によっても異なり、同じ高さの「ド」を鳴らした時に、ピアノの「ド」も、フルートの「ド」も、バイオリンの「ド」も、全く違う楽器の音として聴こえます。私たちが「ド」と呼んでいる音は、実際には複雑な振動の組み合わせなのです。私たちが音楽を聴いている時も、実はこのような複雑な現象を、私たちの耳と脳が一つの「音」として受け取っているのです。

なぜピアノは座って弾くのか?

ピアノは基本的に座って演奏します。これも考えてみれば不思議です。ピアノの鍵盤は横に長く、音域がとても広い楽器です。演奏者は両手を左右に大きく移動させながら演奏し、さらに足元のペダルも操作します。そのため、身体を安定させながら腕や手を自由に動かせる姿勢が必要になります。ピアノを弾くとき、動かすのは指だけではありません。肩、腕、手首、指、身体全体、そして足まで使っています。座るという姿勢は、広い鍵盤を安定して操作し、両手を自由に動かしながら、必要に応じて足でペダルを操作するための、合理的な姿勢でもあるのです。

ペダルはなんのためにあるのか?

現代のピアノには、一般に3つのペダルがあります。右側のダンパーペダルは、鍵盤から指を離した後も弦の振動を残すために使われます。左側のソフトペダルは、音量だけでなく音色にも変化を与えます。中央にはソステヌートペダルを備えたピアノもありますが、種類によって機能が異なり、アップライトピアノでは別の役割を持つ場合もあります。ここで注目したいのは、ペダルは鍵盤のように音を鳴らすものではないということです。音を持続させたり、音色や音量を変化させたりすることで、演奏中の響きをコントロールしています。鍵盤が「音の始まりを操作するもの」だとすれば、ペダルは「音の時間や響きをデザインするもの」と考えることができます。ピアノは、鍵盤だけで音を作る楽器ではありません。両手と両足を使って、音を生み出し、響きをデザインし、消えていく瞬間までをコントロールできる楽器なのです。

なぜ鍵盤は白と黒なのか?

ピアノの鍵盤を見ると、白、黒、白、黒と単純に交互に並んでいるわけではありません。1オクターブの間には、白鍵が7つと黒鍵が5つあり、黒鍵は2つと3つのグループになっています。この特徴的なパターンには、ピアノの演奏において重要な意味があります。白鍵と黒鍵の配置は、西洋音楽で使われてきた音階や調性の構造とも深く関係しています。また、黒鍵の2個・3個という特徴的な並びは、演奏者にとって位置を知るための目印にもなります。 88鍵もある長い鍵盤の中で、自分がどこにいるのかを演奏者が把握しやすくしています。これにより、演奏者は鍵盤を見続ける必要がなく、指先の感覚で黒鍵の位置を探ることができます。つまり鍵盤は、目に見えない音の高さを視覚化したものと考えることができます。左へ行けば低くなり、右へ行けば高くなる。鍵盤の配置は、88鍵という広い音域の中で自分の位置を知るための目印になります。鍵盤は「音の地図」なのです。

昔の鍵盤は象牙だったの?

昔のピアノを調べると、白鍵の表面に象牙が使われていたことがあります。象牙は鍵盤の表面に長く利用されていました。しかし現在では、野生動物の保護などの観点から、象牙の取引や使用には厳しい規制があります。現代のピアノでは、白鍵の表面に象牙の代わりとなる樹脂などの人工素材が使われることが一般的です。ピアノの素材も、社会が動物や自然を考えるようになったことで、時代とともに変化しました。

ピアノが普及したのはなぜ?

今では学校や音楽教室、家庭など、さまざまな場所でピアノを見ることができます。しかし、最初から誰でも持てる楽器だったわけではありません。初期のピアノは、高度な製作技術を必要とする高価な楽器でした。そのため18世紀から19世紀にかけては、宮廷や上流階級などと強く結びついていました。音楽を学ぶことは教養の一部でもあり、ピアノを所有することには社会的な意味もありました。ところが、19世紀になると状況が変わります。製造技術が発達し、鉄製フレームなどを用いた丈夫な構造が発展しました。より大きな音を出し、より広い音域を持つピアノが作られるようになったのです。

同時に、都市の中産階級が成長しました。家庭で音楽を楽しんだり、子どもに音楽を習わせたりする文化も広がります。小型ピアノなども普及し、ピアノは次第に多くの家庭に広まりました。つまり、ピアノが普及したのは楽器の技術が進歩したからだけではありません。ピアノを受け入れる社会そのものが変化したからなのです。

なぜ音楽用語はイタリア語が多いのか?

音楽を学んでいると、Allegro、Andante、Crescendoなど、楽譜にはイタリア語の音楽用語がたくさん登場します。また、音の高さを表す「ドレミ」に関しては、中世ヨーロッパで発達したソルミゼーションという階名唱法に由来し、その後イタリア語圏で現在の形が定着していきました。もともとは中世ヨーロッパの音楽教育で発達した方法で、11世紀の音楽理論家グイード・ダレッツォが重要な役割を果たしたとされています。あるラテン語の聖歌からUt – Re – Mi – Fa – Sol – Laという音節を、音の高さを覚えるための目印として使いました。その後、Utが歌いやすいDoに変化し、さらにSiが加わって、現在の Do-Re-Mi-Fa-Sol-La-Si となりました。音の高さを表す「ドレミ」という階名を使うことで、旋律を歌ったり、覚えたり、伝えたりしやすくなりました。

音楽用語や階名は、成立した経緯は異なりますが、どちらもヨーロッパの音楽史の中でイタリアと深く関係しています。しかし、クラシック音楽の歴史を辿ってみると、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームス、ワーグナーなど、ドイツ語圏の作曲家が数多くいます。一体なぜでしょう。その背景には、ルネサンスからバロック期にかけて、イタリアがオペラや器楽などの音楽文化で大きな影響力を持っていたことが考えられます。音楽家たちが国境を越えて活動する中で、速度や曲想を示すイタリア語の用語が広く使われるようになりました。その後、ドイツ語圏では作曲、演奏、音楽理論などが大きく発展していきます。つまり、「音楽用語の国際語としてイタリア語が定着した歴史」と、「ドイツ語圏がクラシック音楽で大きな存在感を持った歴史」は、別の流れなのです。音楽は、一つの国の中だけで発展してきたものではありません。人から人へ、国から国へと渡りながら、その形を変えてきたのです。

楽譜は未来への架け橋

音楽がいつ始まったかという正確な時期は分かっていません。音楽的な行動は、文字や楽譜が生まれるはるか以前から存在していたと考えられています。録音技術のなかった時代に、人間が歌った歌や作ったリズムを、そのまま保存することはできませんでした。古代の楽器も残っていますが、その楽器でどのような音楽が演奏していたのかを知ることは困難です。やがて人類は、音楽を記録する方法を発明しました。それが楽譜です。楽譜は音そのものを記録しているわけではありません。音楽を再現するために必要な情報を、記号化して記録しています。西洋では、特に宗教音楽などを正確に伝えるために、旋律を記録する方法が少しずつ発展しました。最初から現在の五線譜があったわけではなく、ネウマ譜という記号が使われ、そこに線や棒が加わり、徐々に音の高さを正確に記録できるようになっていきました。こうした長い歴史を経て、現在の五線譜につながる記譜法が発展していきました。これは人類にとって、とても大きな発明だったと言えます。その功績のおかげで、過去の作曲家が残した音楽を後世の演奏者が読めるようになったのです。何百年も前の音楽を、現代の人間が再び演奏できる。楽譜は音楽の未来への架け橋となったのです。

しかし、楽譜があれば音楽を完全に保存できているわけではありません。同じ楽譜を使っていたとしても、演奏者によって演奏は変わります。テンポ、音色、強弱、間、フレーズ、ペダルなど、楽譜だけでは完全に指示できないものがたくさんあるからです。音楽は楽譜として残りながらも、演奏されるたびに新しく生まれるのです。絵画なら、一枚の作品そのものを見ています。しかし音楽は、楽譜を見ただけでは成り立たず、演奏者が音を出した瞬間に再現されます。何百年も前に書かれた楽譜であっても、演奏されるたびに「今」という時間の中で新しく響くのです。これこそが音楽の大きな特徴の一つです。

88鍵の向こう側にあるものとは?

ここまで、さまざまな疑問を考えてきました。それぞれ別々の疑問に見えましたが、一つずつ考えてみると、全部がつながっていることに気づきませんか?88鍵を調べれば、音の科学や人間の聴覚のことが見えてきます。鍵盤を調べれば、人間の身体や楽器を作る技術が見えてきます。ペダルを調べれば、音と時間の関係が見えてきます。象牙を調べれば、動物や自然に対する人間の考え方の変化が見えてきます。ピアノの普及を調べれば、産業や社会の変化が見えてきます。音楽用語を調べれば、国境を越えて広がった音楽文化が見えてきます。楽譜を調べれば、人間が音楽を未来へ伝えようとしてきた歴史が見えてきます。

そして最後にもっと大きな疑問が残ります。

 

「人間は、なぜ音楽を求めるのだろう?」

一つの疑問を追いかけると、その先にはまた別の疑問が見えてきます。では、最後にもう一度考えてみましょう。ピアノの正体とは、何なのでしょうか?ピアノは88個の鍵盤を持つ楽器です。誰かが「88がちょうどいい」と決めて突然生まれたものではありません。音楽家が求めた音域、楽器を作る技術、人間の身体、音の性質、社会の変化など、長い歴史の積み重ねによって形づくられてきたものです。その鍵盤の奥には、弦やハンマーやダンパーなど、音を響かせる仕組みがあります。それを作った人たちの知恵と技術があります。また、音楽を生み出してきた作曲家がいます。音楽を演奏してきた人がいます。音楽を聴いてきた人がいます。音楽を記録し、次の世代へ伝えてきた人がいます。そう考えると、ピアノは単なる楽器ではありません。人間が音を聴き、音を考え、音を組み合わせ、音楽を作り、それを次の世代へ伝えてきた歴史が、ピアノの中に詰まっているのです。これが、今回たどり着いた「ピアノの正体」です。

人間はなぜ音楽を求めるのか?なぜ音楽を聴くと、楽しくなったり、悲しくなったりするのか?なぜ国や時代が違っても、人間は音を組み合わせて音楽を作ってきたのか?ピアノの前に座ったら、88個の鍵盤を少しだけ眺めてみてください。そこに並んでいるのは、ただの白と黒の鍵盤ではありません。何百年もの人類の努力によって、88個の鍵盤となって並んでいるのです。さあ、あなたもピアノを弾いてみてください。88鍵の向こう側にまだ知らない世界が待っています。今度はあなたの「なぜ?」を聞かせてください。

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