映像では決して味わえない「生の体感」

大田区・蒲田にある創業70年の音楽教室、蒲田音楽学園です☺

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本日はマリンバのレッスンを担当してくださっている原嶋先生よりいただいたブログをアップいたします✨


最近、ふとした瞬間に強く実感することがあります。それは、「目の前で見たり、聴いたりする体感は、どんなに高画質な映像や高音質な音源を観たとしても、決して味わうことのできない唯一無二のものだ」ということです。

デジタル技術が発達し、今や世界中の名演を自宅にいながらスマートフォン一つで楽しめる時代になりました。しかし、劇場に一歩足を踏み入れたときの独特の緊張感、演奏者が楽器を構える瞬間の静寂、そして最初の音が放たれたときに空気が震え、自分の身体の奥底まで響き渡るあの感覚は、画面の向こう側からは絶対に伝わってきません。

私にとって、この「生の体感」の素晴らしさを教えてくれた原点は、大学3年生の頃にあります。あの時代に上野の地で浴びた音楽と、そこで出会った偉大な先達の記憶が、今の私の音楽家としての骨組みを作ってくれているのです。

青春の上野と、東京文化会館で出会った「現代の音」
大学3年生の頃から、私はオーケストラという音楽の形態に強く惹かれ、急速にその魅力にのめり込んでいきました。当時、足繁く通ったのが上野にある「東京文化会館」です。先日、改修のために惜しまれつつ休館となったあのホールは、私にとってまさに音楽の聖地であり、青春の記憶が詰まった場所でもあります。

当時のクラシック音楽界は、日本の現代作曲家たちによる新曲がエネルギーに満ちあふれた様子で、盛んに発表されていました。それまで聴いたこともないような新しい響き、実験的な試み、そして日本の伝統的な感性と西洋のオーケストラが融合する瞬間に立ち会うことは、若い私にとって強烈な刺激でした。

数ある邦人作曲家の作品の中でも、私の心を捉えて離さなかったのが、世界的な作曲家である武満徹さんの楽曲でした。

武満さんの音楽は、現代音楽という言葉から連想されがちな「難解で冷たい音」とはまるで異なっていました。どこまでも綺麗で、どこまでも柔らかい。オーケストラの全ての楽器が、まるで呼吸を合わせるようにして、静かに、しかし圧倒的な存在感を持って空間に音を紡ぎ出していくのです。上野のホールの豊かな響きの中で聴いた武満さんの作品は、私の耳と心に、非常に深い印象を残しました。

目の前で触れた、武満徹さんという「人」と「音」の調和
そんな憧れの作曲家であった武満徹さんに、思いがけない形で至近距離でお会いする機会が訪れました。

それは、日本打楽器協会が主催した、あるレクチャーの後のことだったと記憶しています。その後に開かれた打ち上げの2次会でのことでした。幸運なことに、私はなんと武満さんの真ん前、まさに目の前の席に座ることになったのです。緊張で胸が高鳴る私を包み込んだのは、武満さんが醸し出す独特の優しい空気感でした。

武満さんは、決して大声で話すような方ではありませんでした。静かに、ゆっくりと、一つひとつの言葉を吟味するようにしてお話しされるその雰囲気には、独特の柔らかな物腰がプラスされていました。その場にいるだけで、なんだか心がすうっと落ち着いていくような、不思議で心地良い時間だったことを今でも鮮明に覚えています。

そのとき、偉大な作曲家の人間性に直接触れてみて、私の中で点と点が一本の線で繋がりました。 「ああ、だからあのとき、東京文化会館で聴いた彼の作品は、あんなにも優しく、美しい音色だったのだ」と。

楽譜に書かれた音符の向こう側には、それを生み出した人間の体温や人柄が必ず隠されています。武満さんの静かで柔らかな物腰に接したことで、あの音色に対して、「成る程」と心の底から納得がいったのです。この納得感もまた、同じ空間で時間を共有したからこそ得られた、貴重な「生の体感」でした。

至近距離の衝撃:世界の一流から学んだ「リズムと音色」
武満さんとの出会いがあったその時期の前位からだったと思います…私の周りでは打楽器協会のネットワークがさらに大きく広がっていきました。当時は外国の著名なオーケストラが来日する機会も多く、その度に、名門楽団の首席打楽器奏者たちによるレクチャーが度々行われるようになったのです。

これらのレクチャーは、広いコンサート会場の客席からステージを眺めるのとは訳が違いました。手の届きそうなほどの至近距離で、世界最高峰の打楽器奏者たちの音を聴き、その動きを目にすることができる空間です。それは私にとって、言葉では言い表せないほど大きな刺激の連続でした。

特に驚かされたのは、外国の演奏家たちが持つ「リズムの取り方」と「音色の作り方」でした。 彼らの刻むリズムは、ただ正確にテンポを刻むだけのものではなく、まるで生き物のようにしなやかに脈打っていました。そして、音色の深さ。楽器を鳴らすというより、空間そのものを共鳴させるような圧倒的な響きに、私はただただ圧倒され、驚きの連続のなかで五感を研ぎ澄ませていました。

遠くの客席からでは見えない、奏者の呼吸、スティックやマレットが楽器に触れる瞬間の絶妙なコントロール、そして張り詰めた空気。これらすべてを至近距離で「体感」した経験は、私の音楽観を根本から揺るがすものとなりました。

過去の体感を今に紡ぐ:マリンバDUOの低音に込める想い
あの若き日に上野で培った「生の体感」の記憶は、長い年月を経た今でも、私の演奏の中で脈々と生き続けています。

現在、私はマリンバDUO(デュオ)において、主に低音パートを担当することが多くあります。マリンバの低音域は、非常に豊かで温かみがある反面、輪郭をはっきりと出しながらアンサンブルを支えるには、高度な技術とイメージが必要とされる音域です。

今、私が低音の鍵盤に向かってマレットを振り下ろすとき、いつも頭の片隅、そして身体の記憶として蘇ってくる音があります。それこそが、かつて至近距離のレクチャーで聴き、自分の身体の芯にまでドゥンと響き渡った、あの外国のオーケストラの首席奏者が奏でるティンパニー(Timpani)の音です。

深く、重厚でありながら、決して濁らずにどこまでも遠くへ響いていく、あの極上の音色。 「あのとき、自分の身体を震わせた至高のティンパニーの音を、今、このマリンバの低音で再現できたら、どんなに素晴らしいだろう

そんな想いを胸に抱きながら、私は日々のステージでマリンバを弾いています。

結びにかえて:だからこそ、私は生にこだわりたい
音楽は、過去から現在へ、そして人から人へと手渡されていくバトン equilibrium(均衡)のようなものです。私がかつて東京文化会館で武満さんの音楽に癒やされ、至近距離のレクチャーで世界の響きに度肝を抜かれたように、音楽の本当の感動は、常に「その場、その瞬間」の生きた空気の中にしか存在しません。

便利な時代だからこそ、私たちは意識して「生の体感」を求めに行く必要があるのではないでしょうか。劇場へ足を運び、演奏者の呼吸を感じ、震える空気を肌で受け止める。その贅沢な体験こそが、私たちの感性を豊かにし、明日へのエネルギーを与えてくれるのだと信じています。

私もまた、あのとき先輩方から受け取った「生の震え」を、今度は自分のマリンバの音に乗せて、聴きに来てくださる皆様の身体へと届けていきたいと思っています。

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