先日エッセイストの森下典子さんが書かれたロングセラーにしてベストセラーエッセイ、「日日是好日(にちにちこれこうじつ)‐お茶が教えてくれた15のしあわせ」を読んでいたらなかなか興味深いことが書いてあった。
著者はあることがきっかけで、近所の茶人にお茶を習うことになるのだが、この著書はたくさんの季節を通してそのお茶の稽古を通して得られる気づきをエッセイにしたもの。
例えばその中でこんなことが書いてありました。
「世の中には、すぐにわかるものと、すぐにはわからないものの二種類がある。すぐわかるものは、一度通り過ぎればいい。けれど、すぐにわからないものは(中略)何度か行ったり来たりするうちに、後になってじわじわとわかりだし、別ものに変わっていく。」
という一文。
この感覚は楽器のレッスンにもいえることで、例えばフルートを吹くためのフォーム、口の中の舌の位置だとか、息の支え等々、レッスンではこういうことも含めて、こと細かに色々とアドバイスをさせて頂くのですが、フォームは自分では中々客観的には見ることは出来ないし、息は物体として目に見えないし、ましてや口の中なんかは自分の目で直接見ることは出来ないから、人によっては指摘されてもなかなか実体として感覚がわからず、習得に苦労するのも事実。
客観的には見れないからこそ、出来るだけ主観的な感覚でコツを掴んでもらえるように、テクニックの一つ一つをあれこれ言語化したりして、なおかつ感覚が掴めるようなトレーニングをしてレッスンするのですが、それでもその人自身の感覚として実感を得るまでは多少時間がかかるもの。
先日もレッスンしていたらタンギングのテクニックで苦戦していた生徒さんが、何回かのレッスンを経て突然閃いたようにパッと出来るようになって
「先生が繰り返し仰っていたことが、今やっと感覚としてわかりました!」
と嬉しそうに仰っていました。
奏法を言葉の概念として理解できたとしても感覚に落とし込むまで時間がかったり、感覚として一度わかってもそれを何度も再現することができなかったり、感覚を掴んだのに忘れてしまったり…。
いずれにせよ、感覚を掴むまで、また感覚を掴んでそれを何回も再現できるようになるためには、結局は丁寧に継続して反復して練習するしかない。
でも何も考えずにひたすら反復すればよいのかというと、時間は無限ではないのだし、歳をとれば筋肉を動かした疲労が回復する時間は遅くなってきたりするので、ある一定以上の練習からは工夫して練習しなくてはならない。
例えば、
予定としての練習時間の取り方
練習行程の組み立て
練習と休憩のバランス
さらい方のバリエーション
楽器を吹かなくても練習する方法、
譜読みそのものを効率を上げる方法…等々。
あと、練習しても良くならないとか、自分で練習していて良くなっているかわからない、ということを質問されますが、だいたいは単なる反復練習が足りていなかったり、練習を丁寧にやっていない、自分の出している音をよく聴いていないのどれかだと思います。
うまくいかない時というのは何となくで楽器を吹いてしまいがち…。
そんなときは自分の感覚を言語化してメモを取るのも一つの方法!
例えばフィンガリングがうまくいった時の感覚を「指がキーに吸い付いているようだった」のような感じでメモを取る。
言語化することで自分の感覚について整理されるし、忙しくて楽器を吹く暇がない時やうまくいかない時に後々そのメモを読み返すのも参考になる。
自分自身で練習していて変化がわからないというのはスマホで録音すれば客観的に聴くことができます。
よく「先生は1日どのくらい練習されますか?」という質問をされるけど、
「特に決めていない」が答え。
練習しなくてはいけない曲の難易度があがれば、当然それに見合う練習時間を考え、期限に間に合うように練習して、仕上げる。
が、普段練習していないで急に難易度の上がるものを急に練習しても上手くいかないので、どんな曲にも対処出来るように結局は普段から基本的なテクニックを手を変え品を変え、少しの時間でもさらっているというのがより詳しい答え。
例えば10分もあれば自分の場合はウォームアップとしてスケールやアルペジオを吹いたり、倍音や跳躍の練習で唇の感覚を整えたり。
…「なかなか練習時間がとれなくて」
と言う方がいますが、30分とか1時間とか、まとまった時間を取らなくても隙間時間を活用していけば何とかなる!
楽器をケースを開けて組み立てることすら億劫になる時もあるかもしれないけど、楽器ケースから楽器を組み立てる手間さえも惜しまずにその手間さえ逆に楽しむ!
はたまた、夜に音が出せなくて困っているという相談を受けますが、例えば管体の中にスワブを入れて練習したり、ホイッスルトーンという僅かな音量で口笛のような音色を出す奏法でトレーニングする方法など、練習は工夫次第。
日々の細切れの時間でも、その積み重ねが後々大きな変化を生み出す。
前述の森下さんのエッセイの中にはこうも書かれています。
「…自分でも気づかないうちに、一滴一滴、コップに水がたまっていたのだ。コップがいっぱいになるまでは、なんの変更も起こらない。やがていっぱいになって(中略)ある日ある時、均衡をやぶる一滴が落ちる。そのとたん、一気に水がコップの縁を流れ落ちたのだ。」
「日日是好日」。 雨の日は雨の音を聴き、晴れの日は晴れを愛でる。
フルートも同じ。
音色がガサガサする日も、指がなんだかあまりうまく回らない日も、そのすべてが上達のためのプロセス。
今の世の中、何でもかんでも効率化の名の下、タイムパフォーマンスばかり重視されがちだけど、たとえ目に見える進歩がないように思える日でも、体の中の感覚や耳は、確実にその「一滴」を記憶しています。
大切なのは、他人と比較して焦ることではなく、昨日の自分の音と今日の自分の音の違いをよく観察して、かつ面白がれる心の余裕を持つことかも。
「今日はなぜ指が回らないのか?」、「なぜ音が狙い通り当たらないのか?」等々と問いかける時間は、自分自身の身体とじっくり対話すること。
その対話の積み重ねこそが、単にテクニックを超えた、その人にしか出せない「音」へと変わっていくはず。
練習は、けして焦らず、腐らず、騒がず、一滴一滴を大切に!
自分のコップから水が溢れるその瞬間を、楽しみに待ち続けて練習あるのみ!
※引用/森下典子「日日是好日‐お茶が教えてくれた15のしあわせ」(新潮文庫)

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