【フルート講師直伝】本番で緊張しない方法はエクレア!?プロが実践する「あがり症」克服と呼吸の極意

先日開催された、年に一度の発表会。 出演された生徒の皆様、本当にお疲れ様でした!

普段のレッスン室とは違う、広々としたホールの響き、照明の熱さ、そして客席からの視線…。 「あの場所」でしか味わえない独特の緊張感と高揚感を、肌で感じていただけたのではないでしょうか。

ステージを降りた後の皆さんの表情は、演奏前の強張った顔とは打って変わって、達成感に満ちた素晴らしい笑顔でした。あの一瞬の輝きがあるからこそ、私たち音楽講師も「発表会をやってよかった」と心から思えるのです。

さて、そんな発表会シーズンの余韻が冷めやらぬ中、生徒さんから最も多く寄せられる質問があります。 それは、楽器を演奏する人なら誰もが一度はぶつかる壁…。

「先生、どうやったら緊張しなくなりますか?」

今日は、この永遠のテーマについて、私自身の少し恥ずかしい失敗談や、プロとして辿り着いた「意外な解決策」をお話ししたいと思います。


■プロでも最初は「あがり症」だった

「先生はプロだから、本番でも緊張しないんですよね?」

よくそう言われますが、とんでもない! かくいう私も、学生時代は筋金入りの「あがり症」でした。

いざ本番となると、手足はガクガクと震え、唇のコントロールが効かなくなる。呼吸はどんどん浅くなり、酸素が足りないような感覚に陥る。ひどい時には意識が飛びそうになることも…(演奏中に意識が飛ぶなんて、今考えると恐ろしい話ですが、当時は必死でした)。

中でも一番辛かったのが、**「口の中が砂漠化する現象」**です。

緊張のあまり唾液の分泌が止まり、口の中がカピカピに乾いてしまうのです。フルートのような管楽器にとって、口内の湿り気は命綱。舌や喉のコントロールがうまくいかなくなると、思うような音が出せなくなってしまいます。

「なんとかして、この渇きを止めなければ!」 若かりし頃の私は、緊張をほぐすため、そして口の中を潤すために、ありとあらゆる「実験」を繰り返しました。

■迷走?それとも発見?緊張対策の「食べ物」実験

口の中が渇くなら、唾液が出るものを食べればいい。 そんな単純な発想から、私のトライ&エラーの日々が始まりました。

その1:乾燥梅干しタブレット

「酸っぱいものを想像しただけで唾液が出る」という生理現象を利用しようとしました。本番前にパクり。確かに唾液は出ますが、酸っぱすぎて口がすぼまってしまい、フルートのアンブシュア(口の形)を作るのに苦労するという本末転倒な結果に。

その2:ガムを噛む

これも唾液分泌には効果的ですが、本番直前まで噛んでいるわけにもいかず、捨てた途端にまた渇きが襲ってくるという、一時的な気休めに終わりました。

その3:ブドウジュース(勘違い編)

あるオーケストラプレイヤーの方から、「本番前に『果糖ブドウ糖液』が入った飲み物をゆっくり飲むと、脳に栄養がいって落ち着くよ」と教わりました。 当時の私は「果糖ブドウ糖液」という成分をよく理解しておらず、「ブドウ糖…つまりブドウか!」と早合点。結果、とろみのある濃縮還元ブドウジュースを飲んでいました(笑)。 糖分補給という意味では悪くなかったのかもしれませんが、口の中がベタベタになってしまい、フルート吹きとしては少し失敗でした。

その4:カスタードクリームパン

これは、亡くなられた日本フルート界のレジェンドと呼ばれる先生の教えです。「そういう時はミルクパンを食べるといい」と仰っていたのですが、あいにく近くにミルクパンが売っていない。 そこで代用品として「カスタードクリームパン」を食べてみたところ…これが意外と効果があったのです! クリームの油分と糖分が喉をコーティングしてくれたのか、あるいは単にお腹が満たされてリラックスできたのか。これは2回ほど試して悪くなかったのですが、「たまたま」だった可能性も否めません。

その5:シュークリーム説

カスタード繋がりでもう一つ。以前、ある有名なテノール歌手の方と共演させていただいた際、この「口の渇き問題」を相談してみました。 すると、彼はその魅力的な美声でこう言ったのです。 「シュークリームを食べるといいですよ」

歌い手さんが言うなら間違いない!と思い、すぐに試しました。 結果は…本番を乗り切るための素晴らしいエネルギー源にはなりました(笑)。 エクレアやシュークリームの程よい甘さと脂肪分が、精神的な「ご褒美」となってリラックスできたのかもしれません。「効果がある」と信じて食べる、プラシーボ効果もあったのでしょう。


■「ルーティン」は作らないほうがいい?

スポーツ選手などがよく行う「ルーティン」。 「本番前には必ずこれをする」と決めている方も多いですよね。

私も同業の音楽家たちにリサーチをしたことがあります。 ある人は、古来より伝わる「軟酥(なんそ)の法」というイメージトレーニングを行うそうです。これは「頭の上に『軟酥』という万能の薬(バターのようなもの)が乗っていて、それが体温で溶け出し、頭から足先までゆっくりと浸透して体を癒やす」という瞑想です。

とても効果がありそうですが、ふと思いました。 「本番直前のバタバタした状況で、そんな高度なイメージをする余裕が果たしてあるだろうか?」と。それができる時点で、もう十分にリラックスできているような気もします。

いろいろ試した結果、現在の私がたどり着いた結論は、 **「特別なルーティンは決めない」**ことです。

もし「本番前には必ずカツ丼を食べる」と決めていたとして、当日お店が閉まっていたら? 「必ず左足からステージに入る」と決めていて、うっかり右足から入ってしまったら?

「あれをやらなかったから失敗するかも…」 ルーティンを決めすぎると、それが出来なかった時に負い目を感じ、逆に不安や緊張を高めてしまうリスクがあります。

だから私は、**「普段の練習でやらないことは、本番前にも特別にしない」**ことにしました。 いつも通りに起き、いつも通りに過ごし、ステージに立つ。 (ただし、お腹を壊したり眠くなったりするのを防ぐため、本番前に「食べない・飲まないもの」だけは決めています)


■たったこれだけ!究極の「呼吸」リセット術

ルーティンを決めない私でも、本番直前に「どうしても意識が飛びそう」「心臓が口から飛び出しそう」になった時にだけ行う、緊急対処法があります。

それは、特別な道具も食べ物も必要ない、シンプルな呼吸法です。

  1. 身体の中にある息を、ゆっっっくりと、全て吐き切る。

  2. 吐き切ったところで、数秒間息を止める。

  3. 鼻からまたゆっっっくりと息を吸い込む。

たったこれだけです。

人間は緊張すると、無意識に「吸う」ことばかりに意識がいき、過呼吸気味になります。すると交感神経が高ぶり、余計にドキドキしてしまうのです。 まず「吐く」ことに集中し、強制的に肺を空っぽにすることで、身体は自然と酸素を求めて深くリラックスした「吸う」動作に入れます。これは自律神経を整える上でも非常に理にかなった方法です。

重要なのは、これを「本番だけの特別な魔法」にしないこと。 普段の楽器練習の時から、フレーズの合間や吹き始めにこの呼吸を意識し、リンクさせておくのです。そうすれば、本番でその呼吸をした瞬間、身体が自然と「いつもの練習モード」を思い出してくれます。


■「緊張」は敵ではない

最後に、生徒の皆さんに伝えたいことがあります。

緊張は、パフォーマンスをする上での大敵のように思えますが、実はそうではありません。 緊張によって分泌されるアドレナリンは、集中力を高め、普段以上のパワーを発揮させてくれる「味方」でもあります。

「緊張してはいけない」と抑え込もうとするのは、身体の自然な生理現象に逆らうこと。それは余計に苦しくなるだけです。 「ああ、私はいま緊張しているな。心臓が元気よく動いているな」 そうやって客観的に自分の状態を見つめ、受け入れてあげてください。

「緊張で亡くなった人はいない!」

そう腹を括ってしまえば、案外、本番は楽しめるものです。

もし、次の発表会や人前での演奏でドキドキしてしまったら、今日のお話を思い出してください。 ゆっくり息を吐いて、もしかしたらこっそりエクレアを食べて(笑)、そのドキドキを音楽へのエネルギーに変えてしまいましょう。

私たち講師は、技術だけでなく、そんな「本番力」をつけるサポートも全力で行っています。 次回のレッスンで、また元気にお会いしましょう!

関連記事

  1. フルートを通して自分自身を知る その2

  2. 楽器のはなし

  3. フルート演奏に必要な12の大事なこと

  4. レジェンドを聴く

  5. フルートを通して自分自身を知る その1

  6. 選定は選定ですが··

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。